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一般公開

#諸外国の信託活用事情

第30回 米国の受益権の評価方法から学ぶ日本の受益者連続信託受益権の評価

一般公開期間:2024年10月1日 〜 2024年12月31日

※当記事は2024年10月の内容です。

前書き

 受益者連続信託の受益権に関してはかねて遺留分侵害額請求の対象となる受益権の評価や、相続・贈与税の課税の対象となる受益権の評価の困難性が指摘されています。そこでこの連載の前々回及び前回と米国の受益権の評価方法を紹介してきました。
 今回はこの米国の受益権の評価手法を日本における受益者連続信託の遺留分侵害額請求の事例と相続・贈与税の課税の事例に適用したらどうなるかを紹介します。

1.米国の受益権の評価手法を遺留分侵害額請求の事例への適用

 受益者の死亡その他の事由により、当該受益者の有する権利が消滅し、他の者が新たに権利を連続的または順次に取得する定めのある信託は跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託です。このような受益者連続信託では、受益者の死亡その他の事由が発生した時に、その受益権を取得した者及びその後に受益権を取得する可能性ある者に対して、直ちに遺留分侵害額請求を行う必要があります。しかし、このような受益者が連続する権利は停止条件付等の理由により確実でなく、その評価が困難なために遺留分侵害額請求が困難です。そこで本稿ではこのような不確実な権利の評価に米国の受益権の評価手法を適用したらどのような結果になるかを検討します。
 なお、受益権が継伝的または順次に移転する定めのある信託は、その受益権が移転する毎に、移転により受益権を取得した者に対して遺留分侵害額請求が行うので、移転により取得した受益権の評価は困難ではありません。

(1)跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託の事例

 資産家Xは配偶者A65歳と、長男B45歳、次男C40歳及び三男D35歳の3人の息子がいた。Xはその保有財産に遺言代用信託を設定し、Xの死亡時にその配偶者Aに収益受益権を取得させ、その長男Bに元本受益権を取得させ、その後長男Bが死亡した場合はその受益権が消滅し、次男Cに新たに元本受益権を取得させる。この信託は配偶者Aの死亡により終了し、終了時に生存する元本受益者に信託財産を交付する定めになっていた。しかし三男Dはこの信託の受益権をもらわなかった。資産家Xは信託財産以外に価値のある相続財産がなく、生前贈与もなかったので、三男Dは遺留分侵害額をいずれかの受益者に請求することにした。

連続する元本受益権評価の困難性

 受益権説によれば、遺留分侵害額請求の相手は配偶者Aだけでなく長男B又は次男Cも考えられる。しかし長男Bは信託終了時に生存していれば信託財産を受領できるが、信託終了前に死亡するとその受益権が消滅するリスクがあるので、その受益権の評価が困難であり、その結果Bに対する侵害額請求が困難である。次男Cは長男Bが死亡してくれないと元本受益権を取得できないので、その受益権の評価が困難であり、Cに対する侵害額請求が困難である。

米国の受益権の評価手法

 米国の受益権の評価手法は、このシリーズの前回で紹介した保険数理表を利用する方法である。保険数理表Sの評価率は信託元本1ドルについて1名の生命に係る終身の収益受益権等の現価率である。保険数理表R(2)の評価率は、老年者と若年者の2名の内両方が死亡する時点で信託元本1ドルを受領する権利(残余権)の現価率である。なお、保険数理表では元本受益権を残余権と呼んでいる。
 2名のうち老年者が必ずしも若年者より早死にするとは限らない。1名の死亡時期より2名両方が死亡する時期の方が遅くなる。例えば夫婦など被保険者2名の連生保険(注)では夫婦の両方が亡くなった時を保険事故発生時として保険金が支払われる。保険事故の発生は連生保険の方が単生保険と比べて遅くなるので、連生保険の保険料は単生保険より割安になる。

注:連生保険は最終死亡者保険(last to die insurance), 生存者保険(Survivorship insurance)等と呼ばれる。
保険数理表によるこの事例の受益権の評価

 配偶者Aの収益受益権の評価は保険数理表Sの65歳の収益受益権の評価率0.51294による。
 長男Bの元本受益権は解除条件が付いていて、長男が妻より早死にすると元本受益権が消滅する。次男Cの元本受益権は停止条件が付いていて、長男が妻より早死にすると、元本受益権を取得できる。長男の元本受益権も次男の元本受益権も「長男が妻より早死」という同一の条件が付いている。長男45歳は妻65歳より20才も若いので、通常であれば長男が妻より早死にすることはないが、確率は低くても長男が妻より早死にするリスクがないわけではない。長男が妻より早死にするということは、妻が長男より長生きすることに等しい。保険数理表R(2)の評価率は、老年者と若年者の2名のうち両方が死亡する時点で信託元本を受領する権利(残余権)の現価率である。老年者が予想外に長生きする可能性があるので、両方が死亡する時点は片方がその平均余命で死亡する時点より遅くなる。妻が長男より長生きするリスクは保険数理表R(2)の老年者65才と若年者45才の組み合わせの残余権評価率から計算できる。

長男の元本受益権の消滅リスク

 長男の元本受益権(残余権)の評価額は下記のように妻が長男より長生きすることにより消滅するリスクの分だけ減少する。
① 若年者長男と老年者妻の内、最後に亡くなる受益者の死亡時に残余財産を受領することのできる残余権の評価額:保険数理表 R(2)の老年者65才と若年者45才の組み合わせの残余権評価額 0.23871
② 若年者長男の残余権評価率:保険数理表Sの45才の残余権評価額 0.26297
③ 若年者長男の元本受益権の消滅リスク(評価額の減少額):上記②−①=0.02426

長男と次男の条件付き受益権の評価額

長男の元本受益権は妻65歳の死亡時に残余財産を受領することができる残余権であり、次男の元本受益権も妻65歳の死亡時に残余財産を受領することができる残余権である。そこで、
① 妻の死亡時の長男の残余権評価率:保険数理表Sの65歳の残余権評価額:0.48706
② 老年者妻が若年者長男より長生きする場合の元本受益権の評価額の減少額:前述の残余権の評価額の減少額:0.02426
③ 長男の生存条件付の長男の元本受益権の評価額:①−②=0.46280
④ 長男の死亡条件付の次男の元本受益権の評価額:①−③=0.02426
⑤ 長男と次男の一連の受益権の評価額:③+④=0.48706=①

 妻の死は不確定期限である。長男と次男のそれぞれの受益権は不確定であるが、両受益権を一連の権利と考えると確定している。この一連の権利の評価額は妻の死亡時の長男の残余権評価額に等しい。

遺留分侵害額請求の基礎となる相続財産の価額:

 受益権説では遺留分侵害額請求の基礎となる相続財産の価額は受益権の価額を基準として算定される。Xの価値ある相続財産は信託財産しかない。
① 妻の収益受益権の評価額:保険数理表Sの65歳の収益受益権評価額 0.51294
② 前述の長男の元本受益権の評価額:0.46280
③ 前述の次男の元本受益権の評価額:0.02426
④ 相続財産の価額:①+②+③=1.00000
 遺留分侵害額請求の基礎となる相続財産の価額は米国流に条件付き権利も評価すれば、信託財産の価額に一致する。受益権の価値は、受益権説では信託をしなかった場合の資産の価値に比べて低下すると言われているが、米国の受益権評価方法によれば、低下しない。

(2)遺留分侵害額請求の受益者負担

 受益権説では侵害額請求は相続人である受益者宛てに行う。侵害額請求の相手方の受遺者が複数あるときは、各受遺者はその遺贈の目的の価額を限度として侵害額を負担する。各受遺者の遺贈の目的の価額は各受遺者の相続財産から各受遺者の遺留分を控除した額である(以下「負担限度額」と言う)。

各相続人の侵害額請求の負担限度額

 各相続人の遺留分はそれぞれの法定相続分の半額である。資産家Xの法定相続人は妻とその子供3人であるから、遺留分は妻が0.5×0.5=0.25、子供3名はそれぞれ0.5÷3÷2=0.08333。従って三男の遺留分は0.08333である。
 受遺者である各受益者の侵害額請求の負担限度額は以下の通り。
① 妻Aの侵害額請求の負担限度額: 0.51294−0.25=0.26294
② 長男Bの侵害額請求の負担限度額: 0.46280−0.08333=0.3794
③ 次男Cの侵害額請求の負担限度額: 0.02426−0.08333=−0.05907
④ 受益者の負担限度額合計:1−0.41666=0.58334

(3)受益権説に基づき受益者宛て請求を行う場合

 妻Aの権利は確定しているが、長男Bの権利は条件付き受益権であり、条件が成就していないのでまだ有効になっていない。次男Cはまだ権利を取得していない。このままでは、この2名のいずれに対しても侵害額請求をすることができないが、これを敢えてそれぞれに侵害額請求を行うと次表の通りとなる。なお、次男Cの受益権評価額はその遺留分額より少ないので負担限度額がマイナスになる。そこで次男Cも遺留分侵害額請求をして支払いを受ける必要がある。

 受益権説は受益権が確定であれば、遺留分を侵害した受益者に侵害額請求を行うことにより、その受益者の信託財産受領額だけを減少させることができるので、これができない信託行為説より優れていると思われる。しかし受益者連続信託の受益権のように、受益権が条件付きで不確定である場合は、これを敢えて、それぞれに侵害額請求を行うと、請求額の支払い額とは関係なしに、条件が成就するか否かで、受益者の相続財産受領額が大きく異なる結果となるので、それぞれに侵害額請求を行うことが適切とは思えない。

信託終了時の各受益者の相続財産受領額

 この事例の場合は次の表のように長男と次男の相続財産受領額は条件が成就するか否かで大きく異なる結果となる。長男は条件が成就しない場合、請求額の支払額分が持ち出しになる。

(4)信託行為説に基づき受託者宛てに請求を行う場合

 受託者は請求を受けた額(0.08333)を信託財産から支払うので、信託財産がその分減少する。その結果各受益者の受益権評価額が信託財産に対する支払額の割合分一律に減少する。そこで信託行為説に対して遺留分を侵害しなかった受益者の信託財産受領額も減少させるとの批判がある。しかし、受益者が相続人のみであり、生前贈与がなく遺贈だけであれば、受益者全員が何らかの負担をすることで公平性は保てるのではなかろうか。
 なお、信託財産から支払後の各受益者の相続財産受領額は、長男が早死にするか否かで、次の表のように長男と次男の相続財産受領額が大きく変動する結果となる。しかし長男は条件が成就しなくても、請求額を支払っていないので、受益権説のように持ち出しになるわけではない。

侵害額請求の支払い債務を条件付き受益権により代物弁済する方法

 人の死は条件ではなく不確定期限である。妻Aは必ず死に信託が終了する。長男Bと次男Cの権利は条件付きとはいえ、両者のいずれかが必ず信託財産を受領する。長男Bと次男Cの権利を受益者が長男Bから次男Cと連続する一連の権利と考えると、一連の権利は確定している。期限が確定していないだけである。
 三男Dの遺留分侵害額請求の原因は三男Dが遺留分相当の受益権を取得できなったことにあるから、三男Dがその遺留分割合により長男Bと次男Cの一連の権利を準共有できれば、三男Dは満足するかと思われる。この準共有は、長男Bと次男Cが三男Dに対して侵害額請求の支払い債務を両者の有する条件付き受益権により代物弁済することにより可能となる。

(5)受託者の裁量権の大きい受益者連続信託の事例と遺留分

 受託者の親族への信託財産の承継が予定され、受託者の裁量権が大きい受益者連続信託に関し、民法改正前に遺留分減殺請求が行われた裁判例がある。また、信託法89条に基づき受託者に、委託者が指定するグループの親族の中から特定の者を受益者に指名する権限を与える信託は受託者の裁量権が大きい。
 このように受託者の裁量権の大きい信託では、受益権の評価を統計的手法により行うことができないので、遺留分侵害額請求は信託行為説に従って受託者に行うほかはないかもしれない。
 しかし、前述の裁判例では、遺留分権者に遺留分相当の受益権が付与されていたが、受託者の裁量により受益することができない状況にあったので、信託財産を構成する資産の内信託収益を生まない資産の部分が遺留分制度を潜脱する意図のもとに設定されたとして部分無効にされた(東京地裁平成30年9月12日、事件番号平27(ワ) 24934号)

2. 米国の受益権の評価手法を相続・贈与税の課税事例に適用

(1) 米国の受益権の評価手法を事例に適用した場合

 米国の受益権の評価手法を適用した受益者連続型信託の事例として、前述1(1)の遺留分侵害額請求の事例を再掲する。
 信託元本100の場合、受益者連続型信託の受益権評価額は次のようになる。
① 妻の収益受益権の評価額:51.294
② 長男の条件付き元本受益権の評価額:46.280
③ 次男の条件付き元本受益権の評価額:2.426
④ 課税評価額の合計:①+②+③=100
 米国は受託者課税方式をとっているのでこのような条件付き権利でも課税が可能である。

受託者課税方式における受益者の税引き後の受領額

 受託者課税方式により課税を受けた受託者は信託財産から課税額を支払うので、信託財産が課税分減少する。信託財産評価額100、税率は40%と仮定すると、課税後の信託財産の残高=信託財産評価額 100×(1−税率40%)=60
各受益者の受益権(現価):
① 妻の信託収益の受益権=課税後の信託財産額60×保険数理表Sの65歳の収益受益権評価額 0.51294=30.7764
② 長男が信託終了時に生存していた場合、又は長男が死亡し次男が元本受益権を取得した場合の信託財産受領額の現価:60×保険数理表Sの65歳の残余権評価率 0.48706=29.2236
③ 課税後の信託財産額:①+②=60

各受益者の受益権の評価額(現価)と税負担割合は下表のとおり。

(2)日本の受益者連続型信託の課税

 相続税法9条の3は受益者連続型信託の受益権の課税評価に特例を設定している。
 法令解釈通達は収益受益権の価額を信託財産の全額と見なし、元本受益権の価額をゼロと見なしている。

前述1(1)の遺留分侵害額請求の事例に相続税法9条の3を適用

課税評価額は次のようになる。
① 妻の収益受益権の課税評価額:信託財産の全額とみなして 100
② 長男の条件付き元本受益権の課税評価額:0.0000
③ 次男の条件付き元本受益権の課税評価額:0.0000
④ 相続時の課税財産の課税総額:①+②+③=100
⑤ 信託満期に長男又は次男が受領した信託財産の課税評価額:100
⑥ 課税評価額の合計:200
これは(1)米国の受益権の評価手法を適用した場合の受益権課税評価額 100 と比べて2倍になる。

受益者別税負担割合

 妻A(収益受益者)の負担割合が長男/次男より重い。

(3)跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託の元本受益権評価の困難性

 前述のように、受益者連続型信託の受益権はその評価が困難であるが、立法担当者は評価の困難性を、受益者連続型信託の課税評価特例の理由にはしていない。事実、受益者連続型信託の課税評価特例は継伝承継型受益者連続型信託のように、受益権の評価が困難でない信託にも適用がある。また、法人が受益者であっても受益権の評価の困難性には変わりがないが、法人が受益者の場合はこの課税評価特例の適用がないとしている。私見では、この課税評価特例は個人が収益元本分割型信託の受益権を取得した時に租税回避を行うのではないかとの警戒からきているのではないかと思われるが、信託の仕組みとして収益元本分割型信託の受益権の取得が租税回避になるわけではない。この論点の検討には事例による詳細な分析が必要であるから、この検討は次回に譲りたい。

3. 日米の受益権の評価方法の比較

 前回に紹介した受益権評価が困難な事例に関する日米の評価方法の比較は下記の通り。

まとめ

(1)受益者連続信託の遺留分侵害額請求

 受益権が条件付きの場合でも米国の受益権評価方法を適用することが可能である。しかし受益権説に基づく受益者宛て請求は、条件付き権利等の不確定な権利に対しては困難である。これに対し信託行為説に基づき受託者宛て請求は信託財産が侵害額請求分だけ減少し、全ての受益者のそれぞれの受益権評価額がその分だけ減少することになる。受益権が条件付きであっても、受益者が連続する一連の権利と考えると、その権利は確定しているので、侵害額請求の支払いをこの受益者が連続する一連の権利により代物弁済することができる。

(2) 受益者連続型信託の受益権に対する相続・贈与税の課税

 米国のように受託者課税を行えば受益者連続型信託の不確実な受益権であっても適切な課税が行われる。しかし日本では相続税法9条の3の受益者連続型信託の受益権の評価特例により収益受益権に対して非常に過重な課税が行われている。健全な受益者連続型信託の利用を阻害しないように法改正が切に望まれる。